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江戸京都の時刻割
割駒式時計の時刻割盤です。江戸時代はおよそ十日間隔で対応していたそうです。このスクリプトは、日ごと対応ですが、実際との誤差はあると思いますが数分のことです。ちなみに、2014年の太陽Dataを使用しています。
ついでに、時の鐘について
「正子」
「まさこ」にあらず。
安易ながらウィキペディアから
真夜中とは、夜の中間点であり、正子、子夜ともいう。
真夜中の語は、 深夜、深更、夜半と同様に夜深くの時間帯を指す場合があるので、夜の12時をいう場合は、「正子」を使う方が紛れがない。
正子の対義語は、「正午」で昼の中間点をいう。
昼の12時を正午と言うように、夜の12時を正子と言う。
子の刻を説明するモノに、「子は今の午後11時から午前1時」なんてことが普通に書かれていることが多い。
誠にこまったものだ。
それ以前のことは存ぜぬが、江戸期の「不定時法」時代では、子の刻の決め方は、「日暮れ」から「夜明け」の夜の部分の時間を六等分し、その四番目のひとッの刻=時間帯を「子の刻」とか「九ッ」と呼んだ。
その九ッの始まりである「正子」に合わせて鳴り終わる鐘が、「九ッの鐘」であり「子の刻を告げる鐘」なのである。
鐘は、初めに ●●●ーと予鈴のステガネを撞き ●●●●●●●●●ー 「ハイ!只今九ッ正子でござーる!」となりました。
昔も今も、時報は「鳴り終わり」でござーる。
お江戸の頃なら、今日の「夜半の九ッ」は???
そこで登場「江戸京都の時刻割」
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