囂庵コラム アーカイブ

終戦記念日

戦後74年を経た今、ABおよびJMの人々は、軍拡と核武装と徴兵と海外派兵と戦争が出来る憲法改正にこだわっている。

戦争を国際紛争解決の手段として評価し、日本の軍事力を、アジア否、全世界に誇示しようという、戦前戦中の狂気軍国思想の再現を謀っている。

そのために、現憲法の、基本的人権や生存権や職業選択の自由やもろもろが、邪魔で邪魔で仕方がないのだ。

ABJMが急造した、治安維持系の法律のいずれもが、憲法違反なのを気にしての、絶対必要案件なのだ。

もし憲法を変えておかねば、今後政権交代がおこった際に、ABJMが急造した治安維持立法の全てが、違憲立法として、真っ当に即刻廃止されかねないからだ。 どろなわ式の憲法改正論ながら、ABJMも必死なのだ。

今、日本国民が手にしている平和憲法は、戦後74年間、少なくとも日本の戦争参加という蛮行をくい止めてきた。

十分ではないが、国民の命と平和と暮らしに大きく寄与してくれているのだ。

昨今の世論調査で、国民の4分の1が、改憲賛成と答えている。

しかし、ABJMの手による、戦争遂行への起爆装置でしかない憲法改正が、日本の未来を、74年前の姿に押し戻そうとする暴挙であることを、国民の4分の1が熱烈に支持しているとは、私にはとうてい思えない。

われわれ国民の多くは、戦争を知らないが、人をして人を殺させ、そして、人をして人を殺す戦争行為の赦されないことを、人として知っている。

余は、そのような戦争行為がABJMらの陰謀によって、再び引き起こされないことを願いつつ、本日、終戦記念日の意味を深くかみしめている。