おもろ55

皇女和宮の写真

2016年4月7日(木)NHK 20:00放送の英雄たちの選択「女たちの江戸城無血開城 和宮と篤姫 大奥の闘い」で使用された和宮の写真である。

この写真は信州の名家小坂家の小坂繁子の遺品として発見され、それには「静寛院和宮」と裏書きがあり、また、昭和三年に小坂繁子が昭憲皇后の女官高倉寿子から、和宮の写真であるとのお墨付きを得て「うれしきこと此の上なし」と日記に記していることなどが、一般に和宮写真であるとする根拠らしい。さらに、徳川家の遺品の中にも「静寛院宮御写真」としてあるという。

しかしながら、この写真については、一条忠香の三女美子(明治天皇皇后・昭憲皇太后)の姉にあたる明子であり、皇女和宮ではないという記事が数年前の新聞や歴史雑誌に載っている。

それによると、この女性が和宮ではない証拠として、明治三十五年の雑誌「太陽」にこの写真が掲載されており、そこには、物故諸名士の写真「故柳澤明子刀自」とあるという。柳澤明子刀自は一条忠香の次女であり、「太陽」発行の前の月に亡くなっていることから、タイミング的にも知己の生存者も多く、従って、この写真は和宮ではないことは確実だとしている。

つまり、小坂繁子が和宮と確信してホッとする三十年ほど前のことであるというのだ。

なるほどなるほど、言われてみれば、静寛院和宮写真の女性は昭憲皇太后と、とてもよく似ている。

しかしながら、余は、よくあることだが、雑誌「太陽」がミスったとすれば、どうであろうともう一つ心配をしている。

また、もう一枚あるという柳澤明子の写真がぼやけていて、決め手を欠いていることを、とてもとても残念に思っている。

合理的な説明がきちんとなされて、はじめて、このての真偽のドラマは決着をみるという厳しさが、古写真に限らず、歴史未満の「近過去」の物事には付きまとうといつも考えてしまう。