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その中で、発句の中に「影」という言葉が含まれる句が15ある。
埋火や壁には客の影法師
杜若似たりや似たり水の影
影は天の下照る姫か月の顔
影待や菊の香のする豆腐串
さむき田や馬上にすくむ影法師
すくみ行や馬上にこおる影法師
蝶の飛ぶばかり野中の日影哉
月影や四門四宗もただ一つ
合歓の木の葉越しも厭へ星の影
破風口の日影や弱る夕涼み
冬の田の馬上にすくむ影法師
冬の日や馬上に凍る影法師
見る影やまだ片なりも宵月夜
雪の中は昼顔枯れぬ日影哉
ちなみに「プレバト」の梅沢富美男永世名人は、2012年10月以来「7年11ヶ月」で108の句を発表している。中で、影は、
秋夕焼機内に遺影の席ひとつ
の一句のみだが、この影は「シャドウー」ではない。
さて、昨日散歩先の公園で見かけた影がかっこよかった。
影の部分のみを一部推察を入れて、取り出してみた。
さてこれは、どんな形をした遊具の「影」でしょうか?
公園や訪ふ子のなき秋の午 半可ξ
(こうえんや となうこのなき あきのひる)
それにつけても暑き秋かな。
紙衣の濡るとも折らん雨の花 芭蕉 (かみぎぬの ぬるるともおらん あめのはな)
貞亨五年二月。『笈の小文』旅で、伊勢山田久保倉右近の「路草亭」での句会の発句。だと。
花がいくらきれいでも着物を濡らしてまで折に行くのは、本当はやでござんす。まして、紙衣だった日にゃぐちゃぐちゃ最悪でざんしょ。
でも!あたしは気にしません。
芭蕉さん、久保倉さんのところまで万難を排しやって参りましたとの喩え表現。お得意の「よいしょ!」の句でございます。
ところで余は紙衣ならずの
あっ!
昨日チャリで街場まで行った帰り、にわか雨にあってしばらく近場の公園の東屋で雨宿りをした。
5分もして雨は小降りとなり、その数分後には薄日も射してきたので、再びチャリンコ爺さんとなった。
雨上がりの道は涼しく空気も澄んでいるように思えた。
10分も漕いだところで爺さんは己の腰のあたりから背中にかけて得もいわれぬ不快感に襲われた。
そーっと触ってみると腰から背中下にかけてシャツGパンがグッチョリだった。
丁度そこはショッピングモールの入り口付近であったが、こんな姿を他人が見れば、あららら「爺さんやっちまったね」の誤解視線攻撃を受けかねず、チャリンコ爺さんは建物を背にしばらくの雨宿りの体を取り、予定の買い物は中止した。
思い起こせば一年前、風で自転車が倒された折、運悪く後ろの泥除けが破損し使い物にならなくなった。
雨の日に乗るのでもないからとそのままにしていた。
後ろのタイヤからの水しぶきが、サイレントキラーとなってチャリンコ爺さんの腰と背中を襲っていたのだ。
さらに、背中の背囊イヤイヤリュックも異変を気づかせる時間を長引かせる働きをしていた。
いやはやでありました。
もし前の泥除けもその時に外しておけば、当然タイヤの水ハネをもろに前から受けることから、気付くのも早く、昨日のような不幸を負う目には至らなかったと思う。
遅かりし由良助でありました。
それで本日は、
前の泥除けを外すべきか、
後ろに泥除けをつけるべきか迷っている。
初時雨一丁ごとの雨宿り 半可ξ
(はつしぐれ いっちょうごとの あまやどり)